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古代エジプト 神

2月のアブ・シンベルのフェスティバル

2月のアブ・シンベルのフェスティバルは
一番行ってみたいエジプトのお祭りの一つ!


アブ・シンベルは、10月22日と2月22日の年に2回、朝日がアモン、ラムセス2世やホルスの神像を照らしながら神殿奥まで差込み、60m先にある至聖所にまで届くようにと意図的に真東に建てられた壮麗な神殿です。


(ラムセス2世:年代には諸説あるが、24歳で即位し、66年間統治し、90歳で没したとされる。その間、第1王妃ネフェルタリのほか、何人もの王妃や側室との間に、賢者として名高いカエムワセト、後継者となるメルエンプタハをはじめ非常に多くの子(100人以上)をもうけたと伝えられる。)


この現象は「アブシンベル神殿に垂直に差す太陽」として知られており、20分間しか見ることができませんが、魔法はフェティバルとミュージックに姿を変えて神殿の外で続きます。


このユニークな現象は、神殿と太陽の関係を見せ付け確かなものとする
古代エジプトの建築家たちの意欲と創造力を魅せつけるものです。


アブ・シンベル神殿(Abu Simbel)・・・
エジプト南部、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡。
TVや教科書にも出てますし、THEエジプト観光の代表です。


この神殿はアスワン・ハイ・ダムの建設によってできた人造湖のナセル湖のほとりにたたずんでいます。
大神殿と小神殿でできており、建造主は新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世が建てた。


大神殿の四体の像はラムセス2世で、自分の像を4体も作らせたのは
「ヌビア人に対する権威と南下してくる敵に畏怖心を持たせるため」
というのが定説です。


その前に並んでいるのは家族の像だ。
大神殿は太陽神ラーを、小神殿はハトホル女神を祭神としている(小神殿は最愛の王妃ネフェルタリのために建造されたものでもあります)。


しかし一般に公開されている神殿はなんとレプリカww
オリジナルは、砂岩でできた岩山を掘り進める形で作られた岩窟神殿。


建設後、長い年月の内に砂に埋もれていたが、1813年スイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって小壁の一部が発見され、

1817年ブルクハルトの知人であったイタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニによって出入り口が発掘された。

1960年代
ナイル川にアスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったが、ユネスコによって、国際的な救済活動が行われた。


1964年から1968年の間
正確に分割されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた丘に移築された。このことが、世界遺産の創設のきっかけとなった。アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な遺跡で、世界文化遺産に登録されている。


年に2回神殿の奥まで日の光が届き、神殿の奥の4体の像のうち、冥界神であるプタハを除いた3体を明るく照らす。プタハ神が闇の神でもあるから光に照らされないなんてよ〜く出来てますよね。


これを一目見ようと多くの観光客がその日に訪れます(場所を移した際にもともとの日から、1日ずれてしまってます・・・残念☆)。


行くとその大きさに圧倒されます。日本の建築物のような細々とした美はありませんが、堂々としたたたずまいと神秘的な光に心を奪われます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アクセス
ここ アブ・シンベル神殿に来るには、基本的にカイロからの空路とアスワンからの空路しかありません。
* アブ・シンベル空港(en:Abu Simbel Airport)からエジプト航空の無料送迎バスで約10分。バスは飛行機の発着に合わせて往復するが、基本的にどのバスに乗ってもよい。
* アスワンからバスで約5時間。


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古代エジプト 人物

ヒュパティアの映画「Agora」

プロティノスの学校のアレクサンドリアの女性哲学者、ユパティア(ヒュパティア)を、レイチェル・ヴァイズとアレクサンドロ・アメナバルが、日曜日に、カンヌ映画祭で一般公開!


前回ヒュパティアについて書きましたが
映画が公開されるんだそうです!!すっごい楽しみ・・・。
agora.bmp

彼女は、ヘレニズム期の終わりを象徴する者だと、誰もが考えています。(ヘレニズムとは彼女が信じている考え方です。) 

英国の俳優 レイチェル・ヴァイスが演じています。
確かに彼女うつくしいですもんね。

しかもエジプト関連に良く出てきています。
公式HPはコチラ↓
http://agorathemovie.com/


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古代エジプト 自動販売機

世界初の自動販売機はエジプトにあった!!

さて、海外からの留学生は、日本の自動販売機の多さにちょっとびっくりするって知ってますか?
その日本の技術の高さと便利性はもとより、あんなに堂々とモノが外で売られているのに盗みがないっていうことに驚くんだそうです☆

そんな自動販売機ですが、実は、世界で始めて自販機を作ったのは
私の愛する「エジプト」なんです☆


紀元前215年頃(日本では弥生時代、中国では周・戦国時代〜秦)

古代エジプトでは、プトレマイオス1世(紀元前367年頃 - 紀元前283年頃)がエジプトプトレマイオス朝初代国王(在位紀元前323年 - 紀元前285年)としてエジプトを治めていた時代です。


誰が発明したかは不明ですが、
テコの原理を応用し、投入された硬貨の重みで内部のお皿が傾き、
その傾きが元に戻るまで弁が開いて蛇口から水が出ると言ったものでした。

この自販機は神殿の前に設置され、聖なるお水を販売していたのだそうです。

ちなみに一回の放水で5ドラクマ。
ドラクマとは通貨の事で、ドラクマという名前は「つかむ」という意味の動詞「ドゥラットー(δράττω)」に由来しています。


紀元前5世紀以降アテネでつくられた四ドラクマ硬貨は
アレキサンダー大王以前のギリシア世界でもっとも広く用いられた硬貨でした。

ドラクマは長期にわたって広大な地域に流通したため、現代の貨幣価値への換算は難しいのですが、紀元前5世紀の1ドラクマは1990年の25ドルに相当するかもしれないと研究されています。。


研究者たちはローマ帝国の初期には1ドラクマは労働者の一日の賃金であったという。
それよりもさらに昔なので、紀元前215年前では普通に120円だったかもしれないし超お高いお水だったのかもしれませんね〜。


ちなみに、1ドラクマはおよそ4.3グラムであり
インターネットで調べたところ、5ドラクマ 硬貨は裏に「5」、表は「アリストテレス」が刻印されていました☆


そしてそして!


なんとつい何年か前まで使われていたのです!!
姿形は違いますが、2001年1月1日、ギリシアがEU(欧州連合)の経済連盟に加入し、移行期間を経てドラクマからユーロへの切り替えられるまで流通は途切れましたがこの時の換算は1ユーロが340.75ドラクマ。


2004年3月1日まではドラクマ硬貨のユーロへの交換が認められていました。紙幣なら2012年3月1日までドラクマの使用が認められており
悠久の歴史を感じますね〜。


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